アタシはアスカよ!
第参話
友達


「なによ。もう、ついて来ないでって、いってるでしょ。しつこいわね」
「アスカ・・・そうだね。ごめんよ。じゃあ、僕はこれで、帰るから」

アスカの言葉に、カヲルは、少し、悲しい顔をしながら、それでも、優しく答
えた。

「帰るからね。アスカ」
「一辺、いえば、判るわよ。とっとと、帰れば?」

「そうだね・・・それじゃあ、また、明日。おやすみ、アスカ」

カヲルは、やはりどこか悲しそうにしながらも、アスカに微笑みかけて、そう
いうと、ゆっくりと、その場を立ち去る。

まだ、おやすみという時間には、はやい。しかし、一旦、部屋に帰れば、カヲ
ルには、おやすみをいう相手がいない。アスカに電話をかけることは、カヲル
にはできないし、アスカから電話がかかってきたことは、いままで、一度もな
かったのだから。

湖のほとり、木々の隙間から差し込む午後の日光にキラキラと輝く赤い髪とは、
対照的に、ひとり残ったアスカの表情は、やはり、どこか陰りを帯びている。

おそらく、アスカは、カヲルがいることを期待して、湖に来た。意識せずに、
勝手に足がこちらにむかったのかもしれない。カヲルは、いつも湖のほとりで、
歌をくちずさんでいる。アスカもそのことを知っている。そして、アスカは、
ここにいる。

確かに、ここで、先に声をかけたのはカヲルの方からだった。アスカからは、
決して声をかけない。やはり、素直になれない。とくに、カヲルの前では、必
要以上に、突っ張ってしまう。そんな自分をアスカは、どう思っているのだろ
うか?

カヲルも判ってはいるはずだ。アスカがそうであることを。しかし、アスカの
拒絶の言葉に、やはり心が動揺する。カヲルは、アスカを置いて帰ってしまっ
たことを、どう感じているのだろうか?

「・・・なんで、帰っちゃうのよ・・・」


    ◇  ◇  ◇


湖の反対岸、レイは、日射を避けながら木に寄りかかって、立っている。木洩
れ陽がときどき、レイの顔を照らし、まぶしそうな表情をして、レイは、木陰
に移動する。

レイは、爽やかな笑みを浮かべながら、湖の水面を見つめる。静かにさざ波の
立つ水面になにを思うのだろうか?時々、思い出したように、クスクスと笑い
ながら、そして、また、水面を見つめる。

幸せそうな笑顔。レイのそれを引き出すことに成功したシンジが、やはり、幸
せそうな微笑みを浮かべながら、しかし、慌てたように、息を切らしながら、
レイの方に駆けて来る。

「レイ、待たせた?」
「ううん、ちっとも」

「本当?」
「うふふっ、嘘」

「もう!どっちなのさ」
「ホントは、ちょっと、待ったわ。でも、待つの楽しいからいいの」

「ごめんね。レイ。でも、優しいね。レイって」
「うふふっ、だって、碇君の真似なんだもの」

「そ、そうなの?」
「そうよ。わたしは、碇君のような優しいヒトになるんだもの」

「そ、そんな・・・僕が優しいだなんて・・・」

シンジは、レイの言葉に、顔を真っ赤にして照れる。しかし、シンジの顔から、
幸せそうな笑みは、消えない。

「そ、それよりさ。大丈夫だった?今日は、結構、日差しがきついから」
「うん、ありがとう。碇君。わたしは、大丈夫よ。ほら、日傘ももってきたも
の」

「ふふふふ、よかった。ちゃんと、気を使うようにしてくれてるんだね?」
「うん、だって、碇君がそうしろっていうから。碇君のためだもの」

「違うよ。僕のためじゃなくて、レイのためなんだったら」
「うふふっ、わかってるわ。わたしのためを思う碇君のために、なの」

「もう!なんだか、わけがわからないよ」
「いいの。結果は同じだから、なにも問題はないわ」

「ははは、わかったよ。レイ。それじゃあ、僕のためにも、いつまでも、綺
麗な肌でいてね」
「うん、嬉しい。碇君がそういってくれて、嬉しいから」

「じゃあ、いこうか」
「うん」

シンジは、レイの日傘をレイの手から取り上げて、右手でもってレイの上にさ
す。レイは、シンジの左側にまわりこんで、シンジの左腕に両手でしがみつき、
傘の影の中にはいるように、シンジに寄り添う。

「碇君の鼓動が聞こえる」
「う、うん・・・当たり前じゃないか、そんなの」

「うふふっ、でも、嬉しい」
「まったく、なんでも、嬉しいんだね。レイは」

ふたりは、腕を組んで、幸せそうに笑いながら、湖のまわりを歩く。日傘の影
の中が、あたかも、ふたりの世界であるかのように、お互いしか、見えないふ
たり。


    ◇  ◇  ◇


「あれ?いまの、カヲル君じゃなかった?」

ふと、シンジが後ろを振り返りながら、つぶやく。確かに、カヲルが横をすれ
違った。本来なら、どちらも、すれ違う前に気づくはずであった。いや、カヲ
ルは気づいていたかもしれない。しかし、カヲルは、シンジたちに声をかけず
に、黙って、すれちがった。

「やっぱり、カヲル君だよ。どうしたのかな?」
「碇君・・・あそこ」

「え?」
「アスカさんが・・・泣いてる」

ふたりは、アスカのたっている方へ向かう。シンジは、どうしたものかと、一
瞬、躊躇したあと、アスカに声をかける。

「アスカ?」

アスカは、ふたりがすぐ側にいることに、たったいま気づいたように、慌てて、
涙を拭きながら、答える。

「な、なんでも、ないわよ。ちょっと、目にゴミがね」
「どうしたのさ。さっき、カヲル君ともすれ違ったよ。なにかあったんだった
ら・・」

「うっさいわね。アイツの名前なんか出さないでよ」
「アスカ・・・」

「そうして、いつも、こころを閉ざすのね?」

レイが口を開く。あすかは、驚いたように、レイを見つめる。

「あなたは、ヒトと触れ合うのが恐いのね。自分に自信がもてないの?」
「なによぉ、ファースト。アンタなんかに、なにが判るのよ!」

アスカの右手がレイの頬に飛ぶ。レイの頬が真っ赤に染まる。

「アスカ、なにするんだよ。いきなり!」
「うっさいわね。なにが、こころよ。こころなんて、ないくせに!アンタなん
か、シンジのいいなりに動く、お人形さんじゃない」

「ア、アスカ、なんてこというんだよ。レイは、人形なんかじゃないよ」
「でも、ヒトじゃないのは、事実じゃない」

「アスカ!」

シンジは、右手を振りあげる。

「なによ。アタシをぶつ気?」
「アスカ、もう、口きかないからね。絶交だよ。行こう。レイ」

シンジは、振りあげた手をゆっくりとおろし、レイを連れて、立ち去る。アス
カは、再び、瞳に涙をため、しかし、空を見上げてつぶやく。

「なによ。アタシは、ひとりで、生きていくんだからね。誰の助けだって、い
らないんだから。ばっかみたい」

アスカは、涙を拭きながら、そして、ゆっくりと自分のアパートに向かって歩
き出す。


    ◇  ◇  ◇


「レイ、ごめん」
「なんで、碇君があやまるの?」

「うん、だけど・・・」
「それに、わたしは、気にしてないわ。アスカさんのいったことは、事実だか
ら。わたしは、それを受け止めて生きなきゃいけないんだから」

「うん・・・ごめん。レイ」
「だから、なんで、碇君があやまるの?」

「う、うん・・・レイ、強いんだね」
「そうよ。碇君がいるから。だから、強くなれるわ。わたしはわたしであるだ
けでいいって、思えるから」

「うん、ありがとう。レイ」

レイの強さと優しさにシンジは、心を打たれる。しかし、それでも、シンジの
表情は、晴れない。レイは、心配そうにシンジをのぞき込んで、話かける。

「後悔してる?アスカさんにいったこと」
「うん・・・い、いや、そんなことないよ」

「そうなの?」
「そうだよ。だって、アスカとは、ずっと友達だからね。喧嘩ぐらいするさ。
だから、レイが心配することはないよ。ごめんね、なんだか、子供みたいで」

「うふふっ、やっぱり、優しいのね、碇君は。でも、やっぱり、心配するわ、
わたしは」
「どうして?大丈夫だって、いってるのに」

「だって、わたしが心配した方が、碇君は早く仲直りしようとするもの」
「あはは、そうだね。じゃ、頑張って、仲直りしなくちゃね。ありがと、レイ」

「うん、どういたしまして、シンジ」
「それに、アスカも、苦しんでるだろうしね。あんなこと言っちゃって、絶対、
後悔してると思うから。だから、ちゃんと謝んなきゃね」

「そうね・・・シンジ、優しいわね」
「そんなことないさ。ただ、人を傷つけるのは、やっぱり、嫌だからね」

レイは、シンジの腕に寄り添って、そして、やはり、少し、心配そうな表情で、
シンジを見ながら、歩く。シンジは、レイの優しさを感じて、すこし、こころ
が晴れたように、爽やかに微笑みながら、レイを見つめ返して、歩く。レイも、
それを見て、優しく微笑み返す。


    ◇  ◇  ◇


「はい、渚です」
『・・・・』

「もしもし、どちらさまですか?」
『・・・・』

「・・・アスカかい?」
『・・・・』

「どうしたの。なにかあったのかい?」
『・・・絶交っていわれた』

「誰にだい?」
『・・シンジ』

「どうして?」
『アタシがレイを傷つけたから』

「それで、シンジ君が怒ったんだね?」
『・・・・』

「いまから、そっち、いってもいいかい?」
『・・・いいわ。待ってる』

「じゃあ、あんまり、考え込まずに待ってるんだよ。すぐ行くからね」
『・・・わかった』


    ◇  ◇  ◇


「カヲルだよ、はいっていいかな?」

アスカのアパートの扉が静かに開く。

「入って」

アスカは、一言、そういうと、クルリと背を向けて、部屋の方へ戻る。カヲル
は、黙って、アスカの後についていく。

「座って」

アスカが差し出した椅子に、つくと、カヲルは、アスカを、優しく見つめなが
ら、静かに話かける。

「大丈夫だよ、アスカ。ちゃんと謝れば、シンジ君なら判ってくれるさ」
「違う」

「なにが違うんだい?アスカ」
「違うのよ。そういうことじゃないのよ」

「そうだね。シンジ君を傷つけたと思っているんだね?」
「アタシは、シンジを傷つけた。レイだけじゃなくて」

「シンジ君は、彼女を愛しているからね」
「きっと、後悔しているわ。わたしにあんなこといって・・・だから」

「そして、アスカも後悔しているんだね?そんなことをいわせてしまって」
「全部、アタシのせいなのに・・・」

「優しいね、アスカ。きっと、シンジ君もそう思ってるよ・・・彼も優しいか
らね」

「だから、きっと、謝りにくるよ。シンジ君の方からね」
「そうかしら?」

「そうだよ」
「そうね。シンジだものね」

「うん、ありがと、アスカ」
「なにが?」

「僕を頼ってくれて。嬉しかったよ」
「・・・・」

「いいよ。認めたくないなら。それでも。それがアスカだからね」
「な、なに、いってんのよ。アタシは別に・・・だいたい、アンタが、あの時、
さっさと帰っちゃうからこんなことに、なったんだからね!」

「ごめんよ。アスカ。アスカの気持ちは判ってるはずだったのにね」
「そうよ!判ってるなら、アタシから、離れないでよね!」

「そうだね。ありがと、アスカ」
「だから、そういう言い方されたら、言えなくなるっていってるでしょ」

「なにをだい?」
「うっさいわね。もういいわよ!」

「ふふふっ、やっぱり、僕は、アスカのことが好きだな。可愛いね。アスカ」
「ちょ、調子にのらないでよね。用事がすんだんなら、帰ればいいでしょ。ア
タシは、もう、立ち直ったんだからね」

「ふふふ」
「なによ」

「いや、別に。でも、僕は、もう少し、ここにいたいな。ダメかい?」
「しょうがないわね。じゃあ、今日は、アタシが晩ご飯ご馳走してあげるわよ。
相談にも乗ってもらったしね」

「ありがとう。アスカ」
「いっとくけどねぇ・・・」

「わかってるよ。アスカ」

つづく


あとがき

ども、筆者です。

おいおい、謝って、仲直りするシーンがないじゃないか!

ま、いいとしましょう。それなりに、想像はつくしね。

「ごめん、アスカ、さっきは、いいすぎたよ」
「アンタばかぁ?なに、謝ってんのよ。謝るのは、アタシじゃないの」

「う、うん。そうかもしれない」
「なによ。いっとくけど、シンジになんか、謝んないわよ。アタシはファース
トに、謝るんだからね。アンタは、アタシが謝ってたって、ファーストに伝え
ればそれでいいのよ」

「うん、わかった・・・でも、アスカ、まだ、謝ってないんじゃない?ひとこ
とも」
「うっさいわね。アタシに逆らう気ぃ?」

ってな、感じでしょうか?

しかし、そのシーンまで持って行けなかった・・・
カヲル君が帰んないんだもん!とっとと、帰れよなぁ、まったくぅ・・(ぶつぶつ)

しかしまぁ、なかなか、この二組、いい感じになってきましたねぇ(にやっ)
これをきっかけに、アスカも素直になるかともおもったんですが、
なかなか、人は、変わらんのだろうなぁ・・

あ、レイは変わるんです。だって、赤ちゃんみたいなもんだから。
だから、純真無垢で、可愛いんですねっ!
と、いいつつ、悟ったようなことも、言わせちゃったけど・・・

ま、まあ、そんな感じで、この先、どうなるんでしょうね。

それでは、

もし、あなたがこの話を気に入ってくれて、
そして、もしかして、他の作品も読んで下さるとして、

また、どこかで、お会いしましょう。


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